バラの香りに包まれて
 
作:川村 明日香 


第一部


 
  第7話
 


  「まったく、大したパワーだよな」
ステアがあきれている。
「イライザが来る前は、こんなことなかったんだろ?」
アーチーが尋ねると、キャンディがうなずいた。
「でも、いいのよ。あることないこと悪く言われるのはちょっと悔しいけど、孤児院出身だとか養女だっていうのは本当のことだもの・・・・・・」
ある日、午後の授業が終わると、キャンディは裏庭でステアやアーチーと話をしていた。

「ところで、アンソニーは?」
キャンディはキョロキョロした。
「うん・・・・・・。イライザにつかまってるんじゃないかな」
ステアが気の毒そうにしている。
「そう・・・・・・」
キャンディは残念そうにうつむいた。

「シカゴの病院に転院してからさ、イライザがとにかく世話を焼いて。アンソニーはほら、人がいいじゃないか。だから自分のためにいろいろしてくれるイライザに、冷たくできないのさ」
アーチーがアンソニーをかばうように言った。
「そうね・・・・・・。アンソニーはそういうところ、あるものね」

しかし、せっかくアードレー家を離れて、同じ学校にいるというのに、アンソニーと会う機会が思っていた以上に少ないことに、キャンディは落胆していた。

このままじゃ、わたしのこと、いつまで経っても思い出してもらえないわ。


翌日の昼休み、キャンディが裏庭に行くと、ステアとアーチーの他にアンソニーもいた。
その姿を見つけると、キャンディは笑顔になった。
「アンソニー!」
「あ・・・・・・、やあ」
アンソニーは戸惑ったようにあいさつをした。

「あ・・・・・・、こんにちは。ご機嫌いかが?」
「こんにちは。あの・・・・・・、君のこと、ステアから聞いてるよ。でも、ごめん。まだ思い出せなくて・・・・・・」
アンソニーは、すまなそうにうつむいた。

「い、いいのよ。仕方ないじゃない。きっとそのうち思い出すわよ」
キャンディは無理に笑顔を作った。

その後、休み時間が終わるまで四人で過ごした。


夜、部屋に戻ったステアとアーチーは、アンソニーに尋ねた。
「やっぱりキャンディのことは、何も思い出さなかったのか?」
「う・・・・・・ん」
「まあ、急かなくていいだろう、兄貴」
「そうだな」



数日後、昼休みに裏庭に行ったが、ステアたちの姿がなかった。キャンディがキョロキョロして歩いていると、足元に何かがぶつかって、キャンディは転んだ。見上げると、ニールがいた。
「何するのよ! 危ないじゃない!」
ニールは一緒にいる友人に、キャンディはみなしごで、馬番をしていたなどと教えた。すると友人たちもよってたかって、キャンディをいじめ始めた。

「みなしごがどうしたって? え? 新入りの坊ちゃん」
見ると、怖い顔をしたテリィが近寄って来た。

「何もこの子だって、好き好んでみなしごに生まれてきたわけじゃないだろ。本人に責任のないことをグチグチ言うのは、卑怯ってもんじゃないか」
テリィは、ニールたちを蹴散らした。

無言で立ち去ろうとしたテリィを、キャンディは呼び止めた。
ところが礼を言ったキャンディに、礼を言われる筋合いはない。君をかばったわけではなく、ああいう類の男が嫌いなだけだと、テリィは言う。

あっけにとられてテリィの顔を見ていたキャンディに、テリィはさらに「愛の告白でもしようっていうのかい」とからかった。
「だ、誰があんたなんかと!」
「助かった。僕はそばかすの女の子には興味がないんでね」
テリィはそう言って、何事もなかったかのように去って行った。

「な、何よ。人がせっかく素直な気持ちでお礼を言おうとしたのに!」
キャンディはテリィの背中に向かってあかんベーをした。



授業が終わると、キャンディは再びステアたちを探しに裏庭に出た。
「キャンディ! こっちこっち!」
遠くに手を振るステアが見え、キャンディは走って行った。

校舎の裏手の日の当たる所まで来ると、そこにはアーチーとアンソニーもいた。
「お昼休みはどうしてたの? 探したのよ」
「僕たちも探したんだけど、行き違ったのかな?」
ステアがすまなそうにしている。

「でさ、キャンディ」
アーチーがキャンディの前に顔を出した。
「アンソニーがさ、学校に許可もらって、ここにバラを植えることにしたんだよ」
アーチーの視線の先には、何もない小さな花壇があった。

「ホント? アンソニー、よかったわね」
「ああ、ありがとう」
キャンディの笑顔につられるように、アンソニーも微笑んだ。

「じゃあ、明日から、ここに来ればみんなに会えるの?」
「そうだね」
ステアとアーチーが顔を見合わせた。

「な、アンソニー」
声を掛けたステアを、アンソニーは見た。
「この花壇のこと、イライザには言うなよ」
「え? どうして?」
「どうしてって・・・・・・」
ステアは口ごもった。
「僕もその方がいいと思うよ」
アーチーが言うと、アンソニーは渋々うなずいている。


夜、ベッドの中で、キャンディはアンソニーのことを想っていた。

明日から、きっと毎日アンソニーに会えるわね。
毎日会うようになれば、きっとそのうちわたしのことも思い出してくれるわよ。


ところが翌日花壇に行くと、そこにはイライザがいた。
イライザはキャンディをギロリと睨んだ。

「キャンディ、ちょっと」
ステアが慌てて、キャンディをその場から連れ出した。

「どうして、イライザが?」
「早速、嗅ぎつけられたのさ」
「そう・・・・・・」
キャンディは残念そうにうつむいた。

「夜、オレたちの部屋にでも来れたらいいんだけど、さすがのキャンディも無理だよな」
ステアがため息交じりに言うと、緑の瞳がキラリと輝いた。
「それ、名案ね」
「え? キャンディ・・・・・・、まさか」
キャンディは、ニッと笑った。
「夜、分かりやすいように、テラスに灯りを置いといてくれる?」
キャンディはステアと入念に打ち合わせをした。


消灯時間が過ぎ、学生寮が寝静まると、キャンディはテラスに出て、投げ縄を投げた。縄を使って木を伝うと、真下の部屋に灯りが見えた。
ドスン!
キャンディはテラスに下りるというより、落ちてしまった。

部屋の中に入ると、アンソニーが驚いた表情でキャンディを見ている。キャンディは顔を赤くした。
「大丈夫だった?」
「え、ええ。アンソニー」
キャンディがペロっと舌を出すと、アンソニーは吹き出した。
その笑顔に、キャンディは胸が熱くなった。

四人で話をしていると、ステアがアニーが来るんだろと、アーチーを冷やかした。
「アニーって人がどうしたの?」
キャンディが尋ねると、アーチーを追って来るのだと、ステアは目尻を下げて弟をからかっている。

でもきっと、アニーはわたしがここにいるのを知らないはずよね。

キャンディは、アニーがどんな反応を見せるか、心配になった。



翌日、キャンディは昼休みにそっと花壇を覗いた。どうやらイライザはいないようで、アンソニーが一人で土いじりをしている。
「ハロー、キャンディ」
キャンディに気が付いたアンソニーが、笑顔を向けた。

アンソニー・・・・・・。

そのあいさつの仕方に、キャンディは涙ぐんだ。

「どうしたの? キャンディ」
アンソニーが心配そうに、キャンディの顔を覗き込んだ。
「アンソニー・・・・・・。いつも、わたしにそう言ってくれてたから・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
アンソニーは目を伏せた。

「アンソニー?」
「ごめん。まだ思い出したわけじゃないんだ」
「でも、自然とそう言ったんでしょ? きっとこれから、少しずつ思い出すわよ」
「そうだね」
アンソニーは少し困惑したように微笑んだ。


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